12日 午後から登米市の田舎に出掛けた。

まぁ、一応帰省には違いないが、我々(吾輩とカミさんのこと)にすればお盆休みとは言え単なる草取り・・・に帰るだけでしかない。今年に限ればあまり関係ないのである。

おふくろを施設から連れ出し田舎の空気を吸わせるのがここ10年来の行事だったのに、正月に体調を崩し救急車で搬送された経緯を考えると、とても今回は連れて行けなかったからだったが・・・・・。

で、田舎に着いてすぐ先祖のお墓掃除をした。近くに住む弟が掃除したと聞いていたけど、ただ2,3本草をむしりとった感じだったなぁ。見る限りでは・・・ウン。

周りの墓石と比べても丈夫に建立されているためか墓石が全然動いていなかったので助かった。震災後に大きな余震が何回もあったと言うのに・・・・。

13日 早朝4時に起床し、カミさんと居宅周り・庭の草取りを開始。朝の気温は21℃。快適だった!。

日中の気温が34℃を超える猛暑の予報が出ていたので暑くなり始めた9:00に一旦終了した。これ以上続けたら熱中症でグロッキーになる一歩手前になったので・・・・。

今日中に作業が終わらない事を見越し午後から避暑を兼ねてドライブに出掛けた。夕方とか早朝の気温が下がったときしか作業できない事を考えると、日中は何もやる事が無いからだが・・・・。

三陸道終点の登米・東和ICから南三陸町に向けて走り出したがどこへ行っても車がいっぱいだ。

東日本大震災の津波で壊滅的な被害を受けた海沿いを渋滞に巻き込まれながらものろのろ気仙沼まで行った。海沿いの集落は殆ど津波に流されていたが、特に南三陸町の中心部は戦争で焼き野原になった光景そのままだった。

あの行政無線のアナウンス嬢が犠牲になった防災センターはまるで広島の原爆ドームさながら、足を止めて写真に収める見物客?も多勢いたが吾輩は写真を撮ることも忘れてただ呆然!・・・・。

吾輩が結婚したときの仲人宅も様変わりしていて確認できなかったし・・・・。

夕方気仙沼から田舎に戻り、買ってきた防草ネットをカミさんと敷き詰め今日の作業は終了。

14日 また4時半から作業開始。朝の涼しい内から草取りを始めて終わったのが9:30。終わったというわけではなく、きりが無いので止めたのが正解。それから自宅に戻って来たのが11:30だった。

もう腰が痛くて伸びないぞ〜(歳だからかな。釣りの時は大丈夫なんだけどなぁ)。両手指先の感覚が無いぞ〜(草を抜くのに指先を駆使したからなぁ)。もうぐったりだ。昼寝

吾輩のお盆はこれで終わりでやんす。