Mr.タックスのればたらブログ

真鯛釣りをメーンに、ボウリング・ゴルフ・LINEを通した友達作り勤しむアクティヴ爺さんで〜す。

介護・親孝行

おふくろの一周忌

11月15日9:37

昨年のこの日、おふくろが息を引き取った日時である。

早いものだ。

1年なんて・・・・。

一昨日の日曜日に身内だけで一周忌の法事を行った。

まぁ、法事と言っても、菩提寺の住職を自宅に来て貰い読経していただいただけだが・・・・。

終了後、卒塔婆をお墓に納め、予約していた『うまい鮨勘』で供養の食事会を行った。

みんな故郷を離れている関係で世間のような式辞はやれないけど、来年の3回忌は身内・・・・せめて孫たちくらいまで集めて供養をしますかな。

お盆にでも・・・・。

何とか誕生日が来るまで生きながらえてくれれば・・・・。

12日におふくろが再入院した。

前日熱を出してから今朝になって食事が出来なくなった・・・・と言うより食べなくなったと言う。

先月、直行結腸癌(大腸がん)の手術を受けてから急激な体力低下を感じていたのだが・・・・。

病院での検査では特に大きな異常はなく、脱水症状と蛋白質不足が顕著だと説明を受けた。

そのまま入院となり、入所していた施設へ行って退所手続きを行った。

13日に担当医師から、「右下肢部の動脈が一部閉塞されていて足首に血液が行き渡っていない」と言われた。

高齢でもう手術が無理な事から「点滴で徐々に溶解する方法をとる」とも・・・・。

ただ、本人の静脈が細く弱いので中心静脈にカテーテルを挿入する方法しかもう点滴確保するヶ所が無いとも説明された。

そして今日、朝6:00に病院から携帯に電話があった。

体調が急変したのですぐ来てくれと言う事だったので、取るものも取らず家内と病院へ駆けつけた。

兄弟にも連絡を取り、登米市の弟をが来たので以降夕方まで3人で代わる代わる付き添いをした。

「本人の心臓が強そうなので、今すぐどうのこうのではないが、血圧が低下したので一応家族に連絡した」と、看護師から説明されたが、確かに到着した時は血圧が70−42まで低下していて、呼吸も苦しそうだった。

その後40−31ぐらいまで下がった時はもうだめか!と覚悟を決めたが、夜8時頃には64−42くらいまで上昇して一応の安定を見たので少し安心する。

それでも数値的には危険な状況なので予断を許さない事に変わりなく、今月27日の90歳の誕生日まで、何とか生きながらえてくれれば・・・・と思うしかない。

また明日も病院へ行くことになるが、朝から晩までずっと付き添い出来るわけもないから、「何かあったら連絡ください!。20分で駆け付けます・・・・」と告げて帰宅した。

17日のテンヤ1日船は当然キャンセルした。仕方ないよな!。

おふくろが退院し、元の施設へ入所

大腸がんの手術で入院していたおふくろが退院した。

およそ、ひと月ぶりである。

10日ほど前に退院許可が下りていたのだが、受け入れ先が満床で空くまで待っていたのだ。

16年もお世話になっている施設へ戻ることが出来て本当に良かったと思う。

入院中に、足のむくみを矯正する?靴下みたいなものを両肢に履かせられていたが、そのせいでもないだろうが入院前の半分くらいに細くなっていたのにびっくり!。

カミさんが「お義母さんは前から肢は細いのよ」と言うが、あの細さでは上半身を支えて立ち上がる事さえ難しいのではないかと思うほどの細さなのだ。

入院前はベッドから立ち上がってポータブルトイレに座ることが出来ていたのに、ベッドに1ヶ月も寝たままだったし、肢も細枝状態ではこのまま寝たきりになってしまうのだろうか?。

高齢ではあるがまた元気になってまた以前のおふくろに戻ってほしいと願っている。






ストーマ用品?

ストーマつまり人工肛門の事をこう言うらしい。

このストーマ用品購入の為、久しぶりに仙台の街中(まちなか)に出掛けた。

(おふくろが)入院している病院から街中にある〇〇薬局を推薦されたのでそこから購入する事になった為だ。

病院と〇〇薬局は距離的にも近いしリベート的な意味合いの何かが介在する事で推薦されたと思うが、わざわざ街中に出掛けなくとも距離的にも時間的にも近い薬局があったんだよなぁ・・・・我が家からは。

まぁ、少々の時間的・・・いや費用的?ロスが生じても、時々カミさんと街中に出掛ける口実が出来たのだから、あまりそんなことは考えない事にしたい。

さて、その街中の専門店に行って驚いた。

ストーマ用品はいろんな会社から供給されていて実に2000種類も有ると聞いた。

だから、病院から推薦された店で紹介された品物を購入する・・・・と言うのもあながち間違いではなさそうだ。

そもそも、吾輩がこのストーマ用品を購入することになったのは、病院から、「ストーマ用品はこれからは家族が準備して下さい」と告げられたからである。

おふくろのように施設に戻る(予定の)患者も居れば、自宅に戻る人も居るのだから、「退院したら後は個々に準備してくれ」との病院の考えには納得できる。

高額なストーマ用品購入費用の補助を受けられる身体障害者手帳取得の件もあるから・・・・。

もう、退院許可が出ていていつでも施設に戻れる体制になっていても、肝心の施設に空き部屋が無いんだよなぁ!。空き部屋が・・・・。

高齢だけど・・・・

89歳になる母親が昨日大腸がんの手術をした。
高齢で、いろいろとリスクを抱えたままでの手術だったがよく耐えたと思う。
後は、点滴の管とか生命維持に関する重要な装置を引っこ抜かなければいいのだが・・・・。
何しろ、手術を受けた事さえ記憶できない現状では、自分の身体にひっついている者はすべて異物でしかないから・・・・。

認知症を患って現状認識が出来なくなってから、食べる事や食べ物には異常なまでの執念を持っていたおふくろ。我々の顔を見ればまず出て来るのが「腹減った」「〇△を食べたい」の言葉だった。
だから、他の事には一切興味を示さないのだが、食事だけはほとんど完食していた。
歯がボロボロになって入れ歯を作製したけど、何で入れ歯を入れるのかさえ理解できないから食事の時に外すようになり、わずかばかり残った歯・・・顎?で食べ続けてきたのである。

ところが、3ヶ月ぐらい前から食事も2,3割から5割ぐらい残すようになり、あまつさえ一人では食べられず介助が必要な状況となっていた。
あれほど食事にだけは強い執着心を持っていたおふくろが・・・・。

そう言えば、ずっと前から時々お腹が痛いと言われたような気もするが、今となってはただ漠然と聞き流していた気がするなぁ。
シルバーウィークあたりからその傾向が顕著になり、看護師がやっと卵大に膨れ上がった脇腹を探し当ててびっくりしたのか、休みだと言うのに連絡して来たのだった。
連休明け早々に病院に出向いて造影剤を使ったCTスキャン等の検査を受けた結果、大腸に腫瘍と胆石が見つかったと担当医から説明を受けた。
血液を採取して詳しく検査し、後日検査について説明を受ける予定だったのである。

2日、いつものように食事を5割程度食したものの、すべて嘔吐したと施設から連絡が入った。
その後、6日の14:00に検査の予約が取れ、そのまま入院する事になるとも電話があった。

予約した時間に家内と病院に行き、外科の先生からCT画像を見せられながら説明を受け大腸がんだと告げられた。
もう、ほとんど食べられなくなってきているし、このまま放置しておいても大腸が爆発するのが目に見えているから明日9:30に緊急手術する」とも言われた。

体力的、体質的、高齢・・・・いろいろなリスクを抱えているので、果たして手術に耐えられるかどうか心配したが、手術しないで放置する事も出来ないので結局おふくろの頑張りに掛けるしか無かったのである。

手術前の検査結果を受けて予定通り手術出来る事になり、昨日施行されたのだった。
大腸癌の部位を切除して大腸を接続する予定が、人工肛門に変更された以外はほぼ予定通りに進んだ・・・・と医師から説明を受けまずは一安心。

来月、90歳を迎えるおふくろ。

順調に回復すれば予定通り2,3週間で退院できるようだから、また退所した施設への復帰を切に願っている。
CA3H0001









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