Mr.タックスのればたらブログ

真鯛釣りをメーンに、ボウリング・ゴルフ・LINEを通した友達作り勤しむアクティヴ爺さんで〜す。

2015年11月

孫・・・孫まご・・・まごまご・・・・

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今月の18日から2歳の孫の面倒を見ていて、今日が6日目だ。

青森に住む長男に2番目が生まれる予定日が近づき、その間我が家で面倒見る事になったのである。

当初はカミさんが八戸まで出掛けて行って面倒を見るつもりだったのだが、最近おふくろが亡くなった事もあって予定変更と相成ったわけだ。

爺(じじい)バカ?と言われそうだが、我が家の家系にそぐわぬスリムでイケメンの顔立ちは、もう将来のジャニーズ候補なのは間違いなさそうだ。(笑)

足のサイズはもう17cmだとか・・・。

まぁ、パパもママもジャンボだから大きくなるのは当然!・・・・だってか。

今月2歳になったばかりで、ママやパパの事を思いピイピイ泣く?と危惧していた吾輩とカミさん。

ところが、案ずるより産むがやすし!。

まったく・・・・とはいかないけど、これまでほとんど問題ありましぇーん。

お利口さんだし、やっぱり我が孫だと感心した。(笑)

最初の2日は入浴するのを嫌がった孫が、3日目に吾輩の娘とすんなり入浴したのにはびっくり・・・・。

昨夜、恐る恐る誘ってみたら、何と!自分から服を脱いだではありませんか!。

頭からじゃぶじゃぶお湯を掛けても平気だし、一緒に入浴するのが楽しみになった。

すぐに寄って来るのでパソコンを使うのも儘ならないが、僅かばかりのひと時を孫と過ごすのはいい思い出になる。

気掛かりなのは、全然ホームシック・・・・つまりママやパパの事を思い出して泣かない事かな・・・・。?

初七日が過ぎました・・・・

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15日朝9:37、おふくろが天命を全うした。

享年91歳だった。

仙台市の病院から地元の葬祭センターへ運んで、通夜から葬儀・告別式までの儀式を行執り行い、早いもので
昨日が初七日だった。

隣町の保健婦をしていた関係で、その街の葬祭会場で一切の儀式を行ったが、所縁有る多くの方々が焼香に来てくれて本人も嬉しかったと思う。

残念ながら、平成10年9月24日に一人で住んでいた自宅を出てから17年目の帰宅だったのに、自宅に戻れなかったのはさぞ心残りだったのでは・・・・。

国立病院で施術した際に脳梗塞を患い認知症状態となってから、6か月入院の後紹介された施設に移って16年8か月、合わせて17年2か月に及ぶホームでの生活だった。

90歳の誕生日まであと数日・・・・で逝ってしまったけど、体力が無くなったのはここ1,2年・・・・いや数ヶ月では無かっただろうか。

それまでずっと、現状認識が出来ないだけでずっと自力歩行できていたし、食事も介助なしで食べる事が出来ていたのだから・・・・。

施設の夏祭りで、家内と焼きそばやお好み焼きを食べたのが最後の孝行だったかな。

しかし、最近は高齢化による足腰の弱さが際立ち、移動は車椅子中心となり食事も介助が必要になって来ていた。

そして10月、検査で見つかった大腸がんの手術をしたのだが、間もなく90歳・・・・の年齢を考えると結果的にこの手術が大きく体力を奪う事になったと思われる。

我が家の近くの施設に入所していた事と、隣家との境界調停に絡み後見人に選任された事もあって、この17年間は吾輩と家内の二人でおふくろの面倒を見て来たのが実情だ。

おふくろが居なくなったことは寂しい事だが、カミさんもやっと週2日の施設通いから解放されたわけだから、カミさんへ長期旅行をプレゼントしたって罰は当たるまい!。

なぁ、おふくろさんよ!。

安らかに眠りたまえ。合掌!。

何とか誕生日が来るまで生きながらえてくれれば・・・・。

12日におふくろが再入院した。

前日熱を出してから今朝になって食事が出来なくなった・・・・と言うより食べなくなったと言う。

先月、直行結腸癌(大腸がん)の手術を受けてから急激な体力低下を感じていたのだが・・・・。

病院での検査では特に大きな異常はなく、脱水症状と蛋白質不足が顕著だと説明を受けた。

そのまま入院となり、入所していた施設へ行って退所手続きを行った。

13日に担当医師から、「右下肢部の動脈が一部閉塞されていて足首に血液が行き渡っていない」と言われた。

高齢でもう手術が無理な事から「点滴で徐々に溶解する方法をとる」とも・・・・。

ただ、本人の静脈が細く弱いので中心静脈にカテーテルを挿入する方法しかもう点滴確保するヶ所が無いとも説明された。

そして今日、朝6:00に病院から携帯に電話があった。

体調が急変したのですぐ来てくれと言う事だったので、取るものも取らず家内と病院へ駆けつけた。

兄弟にも連絡を取り、登米市の弟をが来たので以降夕方まで3人で代わる代わる付き添いをした。

「本人の心臓が強そうなので、今すぐどうのこうのではないが、血圧が低下したので一応家族に連絡した」と、看護師から説明されたが、確かに到着した時は血圧が70−42まで低下していて、呼吸も苦しそうだった。

その後40−31ぐらいまで下がった時はもうだめか!と覚悟を決めたが、夜8時頃には64−42くらいまで上昇して一応の安定を見たので少し安心する。

それでも数値的には危険な状況なので予断を許さない事に変わりなく、今月27日の90歳の誕生日まで、何とか生きながらえてくれれば・・・・と思うしかない。

また明日も病院へ行くことになるが、朝から晩までずっと付き添い出来るわけもないから、「何かあったら連絡ください!。20分で駆け付けます・・・・」と告げて帰宅した。

17日のテンヤ1日船は当然キャンセルした。仕方ないよな!。

テンヤ一日船を予約した・・・・暇だから・・・・。

今年最後の青森・真鯛遠征が終わり、早3週間が過ぎた。

もう今年の真鯛釣りは終了!とばかりに、ロッド、リールのメンテナンスや鯛ラバ・テンヤ・カブラ…の仕掛けを引っ張り出して整備したり整理したり毎日のようにやっているのだが、さぁ困った!・・・・、来年春先まで時間がたっぷりあるなぁ。(笑)

21日から八戸へ行く予定があるので、ついでに陸奥湾で真鯛釣りしようか?・・・・等の算段をしないわけでは無かったが、「青森は寒くなって釣れない日も多く、まして予約したって天気が悪くて中止になるのでは・・・・」等と勝手に思い込み早々とあきらめた。

孫が生まれて退院するまで、カミさんがずっと居座るのは当然だとしても、予定日に必ず生まれる保証がないのでは一度仙台に戻ることになるから、日程の関係で諦めた事も理由だ。

そんな悶々とした暮らしの中、来年の準備?の為に塩釜の『みなとや釣具店』へ出向いた。

上州屋では手に入らない号数のテンヤがあると聞いていたからである。

その時にみなとや丸の『テンヤ一日船』に予約を入れたのだが、中々乗合船に一人だけ乗るのは勇気がいるもので、我輩にとって暇つぶしとは言え決断!と言っても良かった。

昨年の今頃、同じ船で出船しているがその時は釣り仲間の一人杜の熊さんと一緒だったから・・・・。

そう言えば、その時は真鯛が釣れる確率は低かったけど、それでも4,50cmのヒラメやソイ、アイナメが釣れたから久々の釣行を楽しんだ記憶があるなぁ。

17日は天候もまぁまぁの予報が出ているので、テンヤの五目釣りで暇つぶしをして来ようと思う。

5:00出航18:00戻りの終日船!。料金は10,000円(エビ2パック付き)。

あっ、現在まだ3名募集中だってよ。ジャンジャン!。

5歳の孫とドラゴンクエスト!

昨日で5回目になるかな?。

先月5歳になった孫が一人で我が家に泊まるのは・・・・。

二ヶ月くらい前から金曜日とか土曜日の夜に泊まるようになったのだが、目的はゲームの為だ。

ご飯を食べるのも、お風呂に入るのもそこそこに、ゲーム機の電源を入れて我輩を待つようになった。

前からドラクエ(プレステ2)やプレステ3でドラクエヒーローズの攻略版(※レベル99で保存していたストーリー)で一緒に遊んでいたが、最近コントローラーをある程度操作できるようになった事もあり、ドラクエを最初からプレーしだしたのだ。

勿論、主人公は孫の名前にしてあるから、もうヒーローになり切っちゃって・・・・。

ただ、ぼくのなつやすみ3のように登場人物がしゃべるソフトであれば、文字の読み書きができない5歳の子供でもある程度意味がわかるようだけど、すべてセリフが字幕表示では何を言っているのか全然理解できないのは当然だろう。

だから、そこで、あてにされるのが吾輩であり、画面に出て来るセリフをすべて読み上げる役目と相成る。

大人でも難しい言葉が出て来たら、荒筋に合うように適当に誤魔化したり短絡したりして喋るが、それでもやっぱり一つ一つのセリフを読み上げるのは大変な作業である。

難しい場面や強い魔物が現れるとコントローラーを吾輩に渡して「やって!」と言うし・・・・。

昨夜は寝るまでの2時間、今日は朝食後昼まで約4時間付き合わされた。

遊んでもらえるのも今だけよ」とカミさんがのたまうし、幼稚園に行くようになってからは1,2週間遊びに来ない事もあるので、せめて来た時ぐらいは老骨に鞭打って頑張らないと・・・・。

しんどいけど可愛い孫の為だし、吾輩も暇なんだから・・・・なんちゃって。
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