Mr.タックスのればたらブログ

真鯛釣りをメーンに、ボウリング・ゴルフ・LINEを通した友達作り勤しむアクティヴ爺さんで〜す。

2014年07月

暑い最中!成年後見事務報告書作成中・・・・。

暑い!。今日も32℃を超えた。真夏日だ!。
気象庁からまだ梅雨が明けたと発表されていないけど、絶対!梅雨は明けたと言ってもいい。
どうせ近々「梅雨が明けたと思われる」との発表になるのは間違いないのだから、『もうすでに梅雨が明けた・・・・』と、吾輩が勝手に宣言しておくよ。(笑)
今朝なんか、6時前からウォーキング中の吾輩の手足を燦燦たる陽射しが容赦なく照り付けるものだから、わずか1時間の間に自慢のもち肌?が黒焦げ状態になってしまうほどだったのだから・・・・。

そんな手足をさすりつつ、汗をかきかき成年後見事務の報告書を作成中の吾輩である。
およそ、1年半から2年の間に裁判所から書類の提出を促される事になっていて、今回もつい2,3日前に書類が届いた。「多分、もうすぐかな?」と予想して、以前から書き留めていた続きを書き始めた矢先の裁判所からの『事務連絡』だった。このタイミングの良さ!、梅雨明け宣言と同じくらい吾輩には先見の目がある・・・・って事かな!。(嘘)

成年後見事務報告書の作成は今回で10回目の提出になる。
だから、作成には慣れているし内容に自信を持っているので何も問題が無いと考えているのだが・・・・。
でも、裁判所の担当書記官によっていろいろ見解が分かれる時があって、前回は良かった内容でも、「詳しく説明して下さい・・・・」となる場合もあると聞く。裁判所も移動が多いようで、2年も経つと担当書記官がほとんど入れ替わってしまう事がその理由かも・・・・。

吾輩の場合、被後見人がおふくろ・・・・と言う身内の成年後見人をしている関係で、裁判所が求める後見人の責務と少しかけ離れた場合も多々あると考えている。
だから、今回の担当書記官から、親族や近隣住民との交際費とか、食費や酒代について被後見人に負担させる妥当性を考慮して報告して下さいと要望されているから、これまで通りの報告でどうなる事やら。
弁護士や第三者が務める後見人とはちょっと違う見方をしてくれても良いと思うがねぇ・・・・。

もし、おふくろの立場だったらこうするだろう・・・」のスタンスを変えず、事細かな報告書を作成して提出するつもりだから、説明が必要ならいつだって馳せ参じるつもりだ。
これまでの13年間、説明に行ったのは初回の事務報告書を提出した時だけで、その後は一切問題なく承認されて来た自負がある!。

10年ぶりの再会!。それも奇遇な場所で・・・・。

18,19日と2日連荘で青森・横浜町へ真鯛釣りに出掛けた。
18日の宿泊は、むつ市にある早掛レイクサイドヒルキャンプ場にあるケビンハウスだったが、ここで珍しい知人と再会する事になろうとは・・・・。それもおよそ10年ぶりに・・・・。
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キャンプ場に着き、釣り仲間が管理人と打ち合わせをしていたところへ借りたバーベキューパーティーの道具類を運ぶために吾輩も行った。
柱の陰で最初は良く見えなかったが、管理人のおっさんが着ていた作業服に見覚えがあった。吾輩が現役の頃の作業服とうり二つだったのだ。
ロゴマークが良く似てるなぁ」と管理人の顔をよくよく見れば、何と!そこに居たのは知古の友人、松原さんではありませんか!。
思わず「おっ、松原さん!しばらくぶり・・・・。」と声が出た。
釣り帽子を被っていた吾輩の顔を見ていたが、少しのタイムラグの後「あっ、所長!」と管理人から驚きの声が帰って来た。
あっ、所長」とは、昔、吾輩が現場所長時代に吾輩の下で働いていた名残である。

彼とは平成3年からの付き合いだ。
男鹿市で石油備蓄工事現場の所長時代に吾輩の下で働いていた彼と、仕事上は兎も角、私生活の面でもいろいろお世話になったりお世話したり年齢差はあった(彼が上)が、仲の良い友達だった。
吾輩が本社勤めになってからも、現場に行く機会が多かったからいろいろと面倒を見てくれたなぁ。
所長、いくつになった?。」と彼。
66歳になった。今年中に67歳になる」と答える吾輩に、「所長も歳をとりましたね」だと・・・・。
彼は74歳だと言うけど見た目はとても若いと思った。
65歳で現場を退職し、それからここで働いているからもう10年になると言っていた。
あまり長話も出来なかったが、「この前、大野君が来ましたよ」なんて共通知人の話題も出た。
六ヶ所の現場・・・・と記憶しているが、こっちの女性と一緒になった話は聞いていた。
しかし、もういい歳だし、ましてこんな場所で働いているとは思ってもいなかったからホントに奇遇だった。

後で電話するけど、また下北半島の行者ニンニクが食べたいな」と別れの前に伝えたら「送りますよ」だって。
昔、彼が採ってくれた行者ニンニクの苗が、我が家の自宅から消えて久しいから、楽しみに待ちたい。
来年、また釣りに来る機会があるかも知れないし・・・・。
それまで働いているだろうか?。

一寸息抜きに・・・・

カミさんとちょっと息抜きの旅に出掛けていた。
昨年の北海道半島巡り以来、およそ1年ぶりの旅行に・・・・。
もう17,8年近く利用している『読〇旅行』のツァーであるが、今回は久しぶりにバスでの旅行だった。

安い料金で出来るだけ豪華な旅?!を探して二人で出掛ける旅行も、長年続けている内に日本全国ほとんどを巡り尽くしてしまった。後はリピートするだけになってしまった。
まぁ、一度行った事のある観光地でも、何十年も経つと大きな変貌を遂げたところもあるから、「一度行ったからもう行かない」と言うわけではないし、今回のように吾輩が行った事がある場所でも、カミさんが初めて!・・・・の所もあるわけだから、これからはそんなピンポイントを探して旅に出ようと考えている。
以前出掛けた所でもすでに忘れかけた場所も多いので、元気な内にそうした思い出の地を巡りたい願望も捨てきれない我々でもあるから・・・・。

現役の頃は、休暇を取っては出掛けたから年2回は普通!時には3回も旅行が出来た。
定年後は暇な時間事と反比例するかのように資金が不足気味(笑)になった事と、あまり変わり映えのない新鮮味に欠ける企画が多く、「また同じルートか?・・・・」と敬遠すると回数がめっきり減って1年に1度がやっとの状況だ。それでも、カミさん孝行!を目的と考えている以上、せめて年1回はこの旅行は続けたいものである。

知人にはまだ現役で働いていて、「70歳まで働いて・・・・。それからゆっくりと旅行でも・・・・」と思っている輩も多い。別に人の人生にケチをつけるわけではないけど、みんながみんな健康で丈夫な体と健脚揃いならそれからの旅行もお薦めだけど、結構70歳って言う年齢は思っている以上に大変だと思うがねぇ。体力的に・・・・。
66歳の吾輩がそう思うんだから、さっさと仕事なんか辞めて一緒に出掛ける算段でもしたら・・・・と言いたくもなる。





従弟の住宅上棟式に行って来た

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昨日、従弟の利〇君が建築している自宅の上棟式がありカミさんと登米市に出掛けた。
台風8号の影響で、我が家を出る時は強い雨が降っていたので心配したが、途中から雨が上がり登米市に近づく頃には雨が降った形跡さえ感じられない程だった。
だから、一昨日から始った建前は順調に進捗し、PM3時半に予定通り上棟の儀が行われた。

利〇君は今年の3月まで仙台でスーパーのテナント(魚屋)をしていたのだが、還暦を迎えた事を転機として店を畳み、実家に戻って家を継いだ。
2年前に実家の兄が病死した為、残された高齢の母親の面倒を見る必要に駈られた事も理由である。

吾輩の実家がすぐ近くなので、最近は畑や居宅周りの草刈をしてもらうからとても助かっている。
これまで叔母(彼の母)に依存していた実家の雑用を、機敏に動ける彼に頼めるのは心強い限りだ。
そのお礼も込めて、田舎に行った時に時々食事に誘うのがせめてもの心尽くしであり、我々の楽しみともなっている。

彼はプレジャーボートも所有していて、その内志津川湾に回航する予定だと聞いた。
もう15,6年前から所有し吾輩も何度か誘われた事があるけど、その頃はまだ船酔いのトラウマ最盛期?だった事もあって断り続けていた。
今からすれば、何て勿体ない時間だったんだ・・・・とつくづく反省しちゃうよなぁ。
早く釣りがしたい吾輩は、「いつ運ぶんだ?。回航するときは俺も手伝うから・・・・」と急かすが、なかなか係留させる場所が見つからなくて、まだ多賀城市内の係留施設に繋いだままの状況だと言う。

ところで、上棟式には最近では珍しい『餅撒き』が行われることもあり、近所の子供やばあさん連中が詰めかけていたなぁ。高校時代からもう50年以上経っているから誰が誰だか全然わからない人たちばかりだった。

終わってからみんなで一杯やることになった。でも、車で帰る人たちばかりでお酒を飲む人はほとんどいなかった。建て主一人だけで飲むのも寂しいだろうと、仕方なく(ホントか?)吾輩が付き合うことになり遅くまで飲み明かした。

田舎に泊まって今朝早くに帰宅。久しぶりにいっぱい飲んだものだから頭が痛かった!。

ホームグランドに帰って来たぞ!。

3日前の金曜日、仙台港で平成10年11月以来となる釣りをした。3年8か月ぶりに・・・・。
仙台港(渡船発着場)は自宅から車で15分と近く、震災前まで吾輩がホームグランドにしていた場所である。

あの東日本大震災で、渡船は流され沈没したりして2年間休止、釣り場の沖防波堤等も躯体が破壊され復旧を余儀なくされた状況では釣りなんて出来るわけが無かった。
昨年の5月?ぐらいから渡船が復活し、一部の釣り師が釣りを再開したことは知っていても、吾輩が出掛ける勇気はとても無かったなぁ。
一番の理由は震災で被害に遭った方の内、多くの行方不明者がいた事である。
仙台湾周辺においても相当数の方がまだ見つかっていない現状を鑑みたら、とても心苦しいものがあったからだ。
また、釣りのターゲットである黒鯛が、福島の原発事故によるセシウム汚染の為出荷制限の規制を受けていた事も理由の一つだったかも知れない。

仙台港に行く事を止め、青森・陸奥湾での真鯛釣りに勤しんでいた吾輩であるが、やっぱり青森は遠くて費用も嵩むので月一度がやっとである。
それが、予約していた日が天候不順等で中止になって1ヶ月も延びたら・・・・。
毎日が日曜日の釣り好き人間には、月一程度の釣行回数でも少な過ぎなのに、2か月に一度しか出来なくなったら・・・・、欲求不満大爆発!間違いなしだ。

震災から3年4か月経過した今、精神的な思いを除けばホームグランドに戻れない理由が無くなったと勝手に解釈した今、これからは毎日でも釣行できる気軽さを取り戻した吾輩である。(うん?、何か集団的自衛権の勝手な憲法解釈みたいだって?。)
まぁ、そんなわけで、元ホームグランドだった仙台港に足が向いたのは自然の摂理?・・・・って事だ。

ただ、仙台港は近くて便利なのはこの上ないけど、黒鯛釣り(フカセ釣り)って案外費用が掛かるんだよなぁ。
渡船代の他、集魚剤、オキアミブロック、オキアミ餌・・・・等々、思っていた以上に費用が・・・・。
やっぱりこれからは安上がりに済む前打ち釣法が、釣行回数を増やす釣り師には一番じゃないだろうか。

沖防では30cmの尺アジや南防波堤ではヒラマサも釣れているようだから、黒鯛だけでなくカゴ釣りも検討しなくっちゃ。イェーイ!。

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