Mr.タックスのればたらブログ

真鯛釣りをメーンに、ボウリング・ゴルフ・LINEを通した友達作り勤しむアクティヴ爺さんで〜す。

2012年11月

腎盂腎炎?

おふくろが、急性腎盂腎炎(じんうじんえん)で施設を退所し、関連病院に入院したのが今月16日、早いものでもうすぐ半月になる。

一ヶ月は入院治療する必要があると聞いていたので症状についてはあまり心配していないが、問題は退院してからの事・・・になる。

施設を出ると決まったら荷物から何から全部引き上げさせられるので、退院したからと言ってすぐ又戻れる補償が無いからである。

ただ、14年もの長い間入所してきた施設だけに、3回目となった今回もまた戻れるだろうと確信しているが、施設のベッドが満床になっていたりするとそう簡単に受け入れてもらえないのだ。

だからと言って何処か別な施設の当てもないので、そんな時は仕方ないから病院のリハビリ室で部屋が空くのを待つことになるわけだが・・・・・。

ところで腎盂腎炎でを紐解いてみると、尿路感染症から来る細菌感染の一種で、高熱が出たり寒気や腰の痛みが伴う病気らしい。

要するに、お風呂に入らなかったり、用便後の処置を疎かに不潔にしていると感染する病気らしい。

特に女性の場合は陰部と肛門が近いので患者も多いようだ。

歳を重ねる度、お風呂嫌いとなっているおふくろだけに、施設の方で強制的に入浴させるつもりで入れないといずれはこうなるだろうなぁ・・・・・と予測していた吾輩である。

以前、自宅に帰省させた時、でん部に潰瘍状のただれがあったのを見つけた事に他ならないが、それで無くとも施設では週2回しか入浴の機会が無いのだから、本人の拒否を真に受けてタイミングを逸すると、ますます不衛生状態になりかねないと考えていたから・・・・。

本人が「風呂に入りたくない!」と叫んでも、何で入浴しなければいけないのか全然理解できていない事を分かってくださいよ!。

直木賞作家の父親が住んでいたなんて・・・・

先般、田舎の従兄弟がなくなった時に知った事だが・・・・。

『邂逅の森』で直木賞を取った熊谷達也の父親が、吾輩の実家の近くに住んでいたとは目からうろこ・・・・晴天の霹靂だった。

熊谷達也は仙台市出身と聞いていたので、彼の関係者がまさかこんな田舎に住んでいるなんて夢にも思わなかった。

父親が高校の教師をやっていた関係で転勤も多かったらしく、仙台にも随分長い間住んでいたようなので仙台出身といっているようだ。

熊谷達也は54歳。高校は佐沼高等学校(大学は東京電機大学卒)を卒業したと言う。

そんな関係で、父親が同じ並柳地区に住む姉(ケイちゃん・吾輩の知人)の近くに家を建て最後の住処として選んだのは少しだが納得できる。

その親父さんについてのエピソードを一つ。
 
通夜に行くため、会場の葬祭センター行きのバスに乗って待っていたら、一人の老人が乗り込んできた。これから通夜に向うと言うのにカジュアルな服装である。「どうもこの席になじまないぁ・・・」と顔を見回す同乗者たち。その老人、暫らく座席に留まっていたが、周りがほとんど礼服だった事に気後れしたのか、やおら腰を上げ「やっぱりこれじゃ・・・・。後から自分の車で行きます」とバスから降りた。

周りの話しっぷりから近隣住民だと理解したが、年配の方であればほとんど知っている吾輩が始めてみる人だったので声も掛けられなかった。それが親父さんだったのである。

まぁただそれだけの話である。

86<93

先日2年ぶりにゴルフを再開したわけだが、昨日2度目となるゴルフをした。

町内会のコンペの後、3回ほど練習に行っただけのぶっつけ本番であるが、あまりスコアや成績にこだわりを持たない現状では「これで十分・・・・」と納得してプレーする事にしたのだ。表向きは・・・・。

30名ほどが参加するコンペは、吾輩が一応副会長を仰せ付かっているK・1・1会関係者だけのコンペなので、前回(町内会コンペ)同様100打以上叩いても何も恥じる必要もないが、深層心理としてあまり惨めな格好はしたくないと言うのが本音であろう。

さて、そんなこんなでスタートラインに立ったわけだが・・・・。

出だしのホールで放ったドライバーはフック気味に飛び出し、隣コース方向のがけ下へ転がり落ちた。OBゾーンではないが樹が邪魔して前に打てずただ横に出すだけだ。

出ない!。その後はチョロ・・・・。寄せも上手く行かず、結局出だしのミドルで9打を叩いてしまった。

気を取り直して次は頑張ろう・・・・」と望んだ次のミドルホールは、やっぱり・・・・と言うか練習不足と言うか、ドライバーをミスしたせいでまたまた大たたきの7打を叩いた。

ガーン!。2ホール終えた時点ですでに8オーバーではありませんか。

いくらスコアにこだわりは無い・・・なんてほざいていても、天文学的なスコアを想像して声を失った。

それでも、いくらもがいてもどうする事も出来ないのだから後は野となれ山となれ・・・・やるしかなかった。

もう、なるようになれ!」と捨て身の気持ちになったのが良かったのか、3ホール目のロングではいつものドライバーショットが甦りやっとパーを拾う事ができた。

後ろの組にいた同級生の菊地君から「テークバックが浅くて早いようだ」と指摘された事を、素直?にすぐ改善したのが良い結果を生んだようだ。

ドライバーが当たれば何とかなる・・・・と思っている吾輩にとって、コンスタントにドライバーが当たってくれれば鬼に金棒!そこそこのスコアを叩き出す自信が湧いてくる。

結局前半のハーフ(9ホール)を48で終えた。よく残り7ホールを4オーバーだけで乗越えたものだ。「2年ぶり2回目のゴルフとしてはまぁこんなものか・・・・」などと出だしの事はさっぱり忘れ、饒舌になる吾輩。

後半も好調をキープし、一時は40を切る情勢にこころも軽やかになる。「あの2年間のブランクは何だったんだ?」とホントにそう思い始めた矢先、痛恨のOB一発!。結局そのホールをダブルパーにした事で後半のスコアは45。

トータル93

予定のスタート時間が1時間も先送れされ、毎ホール待たされる展開となった最悪の条件下、一応目標としているトヨタの86(はちろく)には程遠かったけど、二次会で言われた同級生の言葉に思わずニンマリ・・・・したのだった。

2年ぶりのゴルフなのに93は大したもんだなぁ」だと。お世辞でも嬉しいよ。

元気があれば・・・・ウン!何だっけ?

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今日は、おふくろが入所する施設で行われた『芋煮会』にカミさんと参加した。

入所者の家族と施設の職員による懇親会である。

我々家族も手伝って準備する予定のはずが、職員の方々がてきぱきと物事を進めるためかえって邪魔になるからと、コーヒーや焼きマシュマロをいただきながらソファーにふんぞり返るだけだった。

10時半から外庭に用意したガスコンロに点火され、大きな鍋2つで芋煮が始まった。(写真)

外は時々強い風が舞うので、思うような火力が得られずとても時間がかかった。

それでも、地元宮城の味噌ベースで豚肉が入った芋煮と、醤油味牛肉仕様の山形風芋煮が出来上がり、ペットボトルのお茶、焼き芋と味噌おにぎりが添えられたテーブルに着いた。

それぞれのテーブルには家族と職員がランダムに着席した。

予定の時間が大幅に過ぎていたので13:00から予定していた懇親会を取りやめ、家族と職員が食事しながら・・・・のスタイルになったのである。

当初は「入所者もそれぞれの家族と一緒に食事するのかな?」と思っていたが、我々が思っている以上に食事に制約がある事を聞くとそれもそうだなと理解できた。

会話の中で、最近厚生労働省?から、老健ホームに於ける入所期間を以前のように短期(3ヶ月程度)に改善するよう指導を受けているような話を聞いた。

老健ホームは短期リハビリ後に家庭に戻す・・・・のが本来の施設としての目的なのでそれは当然だと思うが、14年も入所していて他の養護老人ホームへの入居を諦めているだけに、今更87歳のおふくろを他の施設に移す事なんてとても出来ない相談である。

まぁ、施設もそんな事はしない・・・と言っているからおんぶに抱っこで縋るしかないが、残り少ない余生を見取ってもらいたいとホントにそう思っているのだ。

昨日、田舎の弟から浅水・長谷山の小舘さん(長堀から嫁いだすみちゃんの旦那)が亡くなった連絡があり今日が告別式だと聞いていたが、吾輩はこっちを優先したので式には弟に代理出席するようお願いしておいた。
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