Mr.タックスのればたらブログ

真鯛釣りをメーンに、ボウリング・ゴルフ・LINEを通した友達作り勤しむアクティヴ爺さんで〜す。

台風19号の爪痕!我が家の巻

東日本を縦断して大きな被害をもたらした台風19号が駆け抜けて行った。

史上最強の大型で強力な台風であり、甚大な被害を出した狩野川台風に匹敵するほどの台風だと言う。

とにかく猛烈な雨を伴った台風で、浸水常習地帯に住む吾輩としてはただならぬ思いで早く通り過ぎるのを待つしかなかったのである。

ただ、以前と違い近くに排水ポンプ場が整備された事もあって、浸水に対する余裕と言うか期待感を持っていたのは確かだ。

だから、これまでの大雨被害を考えた時、十分対応できると思っていた。

しかし、このお化け台風は我々の想像をはるかに超えたモンスター台風だった。

伊豆半島に上陸後、東日本のみならず中部地方にも及ぶ広範囲に甚大な被害をもたらして消えていった。

多分、大丈夫だろう」との思いを持ちながらも、想定外の事を考え自家用車(プリウス)を水没から守り事にした。

自宅から少し離れた高砂駅前の駐車場に停めおくことにしたのだ。

あそこなら浸水の心配が無いし、娘が、「24時間で1,000円だから・・・・」と薦めた事もあって・・・・。

万が一水没させたら1,000円を惜しんだことを後悔するはずだから・・・・。(※結果的には3,600円の駐車料金が掛かった。土・日以外は適用外だったのだ。)

(我が家の)後ろの道路は大雨になるといつも冠水するが、今回は排水ポンプ場が機能した為か、増水スピードがそれほどでもなかったように感じた。

しかし、夜中に時間当たり60舒幣紊量堽な雨が降った事で一気に水嵩が増した。

ポンプ場の排水が間に合わないくらい雨が降ったのだ。

我が家の玄関に水がひたひたと押し寄せ始めたのは午前1時を過ぎた頃である。

それを機に床上浸水を本気で心配する事になった吾輩とカミさんは、水没しそうな電気器具(空気清浄機、除湿器、扇風機などの家電)や該当する品・物を2階に運び上げた。

TVに映し出される真っ赤なアメダス画面に一喜一憂しながら、10分おきに2階から駆け下り玄関の水位を見守った。

そしてついに・・・・。

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玄関の上り縁から床面−3cmのところまで水位が上昇した。

このまま降り続けたら絶対床上に浸水する事を覚悟し、「もう、保険で直すしかないなぁ!」と心に決めた。

東日本大震災の津波被害を経験してから、地震・家財保険にがっちり加入していた事でがっかり感はあまり湧かなかったと言っても良い。

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少しでも床上浸水を遅らせようとドア底にバスタオルを押し込み、傘立てなどで重しを付けて抵抗を試みた。

カミさんはバケツで一生懸命汲んで浴室へ運んだ。

少しは水位が下がったが、それほど効果が無かった・・・・(笑)

ラッキーだったのは、水位上昇が床上±0cm程度で止まった事である。

奇跡的だった。

13日早朝、台風が通り抜け、雨が小雨に変わった3:00過ぎだったと記憶している。

明るくなり始めてすぐ雨戸を開けて外の様子を確認した。

少し水が引いたとは言え、もう少しで家の中に入って来そうな水の量に愕然とした。


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玄関があの状況だから想像は出来たが、雨戸のレールまで水が上がっていたとは・・・・・。(※写真は少し水が引いてからのもの。)

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壁に残っている筋が分かるだろうか?。ここまで浸水した。
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床上浸水は免れたものの、エアコンの室外機や給湯器は一部が水に浸かってしまった。

倉庫も完全に床から20cmほどの高さまで水没していた。

西隣の家も斜め後ろの家も床上30cmほど浸水し、後ろの家ではプリウスが水没した。

あっちこっちから被害に遭った方の悲痛な叫びが聞こえるが、これくらいで済んだ我が家はまだましな方かも知れない。

水没した給湯器のリモコン電源が、台所・浴室とも入らないから、我が家ではこれが一番の被害と言える。

まぁ、連休と言う事もあって業者も休みDから慌てずゆっくり待ちましょう。

要交換!等の最悪時は、保険で新しいものに替えましょう、絶対!。

多分、人生最後のリフォーム!

消費税が10%になった今日、我が家の周囲に足場が組まれた。

壁と屋根防水のリフォームを行うための足場である。

先月中に契約を締結していたから直接増税には関係ないが、業者の都合で開始が今日となった。

昭和61年に新築した我が家の壁、屋根のリフォームは今回で2回目だ。

壁に穴が開いたとか屋根が雨漏りする・・・・と言った不具合があったわけではないが、前回のリフォームから17年が経過した事もあって、悪くなる前にやっておこうと思ったのが理由である。

年齢的にも、多分最後のリフォームになると思ったので・・・・・。

カミさんがへそくりから出すと言うし・・・・・。ふっ!。

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20日くらいしたら、新しい壁色の我が家が現れるはずだ。

楽しみに待とう。




胃内視鏡検査を受診した。

4年ぶりに胃の内視鏡検査を受けた。

特別胃の調子が悪いとか、異常があったから受けたわけでは無い。

仙台市の胃がん健診(無料)案内に、内視鏡検査を受けられると書いてあったので家内と一緒に申し込んでおいたものだ。

胃がん検査はほとんどバリウムによる検査が多く、内視鏡検査はこれまで4回ぐらいだけである。

胃カメラが一番!とはわかっていても、あのカメラの太さに抵抗があって中々受け入れられるものでは無かったからねぇ。

最近の胃カメラは、先生が、「日本一細いカメラだ!」と言うくらいスリムになった。

一寸見で直径5ミリ・・・いや6ミリぐらいだろうか?。

一昔前のカメラは1cm以上はあったように思うから、まるで雲泥の差とはこの事を言うのかも。

検査は10分も掛からずに済んだ。

胃も十二指腸も食道にも何の異常も無し!。

ただ、胃酸がじゃぶじゃぶ・・・・つまり胃酸過多状態なので、現在服用している薬の服用は止めないで・・・・と言われただけだった。

6,7年前にピロリ菌の除菌をした以後、胃の調子が良かったのである程度期待していただけに、「問題なし!」の言葉に思わず納得した。

吾輩の心臓がいつ停止するかは神のみぞ知るところだが、常日頃健康に留意するだけで命が長らえるのであれば、その内また胃カメラを呑むのはやぶさかではありません!?。

オエッ・・・・。

台風15号の被害は東日本震災並み?

先般、千葉県に上陸した台風15号が残した爪痕は想像以上だったようだ。

これまで経験した事のない60m/s以上の強風が吹き荒れ、特に上陸した千葉県では鉄塔や電柱が倒れる等、今だ50万戸以上が停電していると言う。

ゴルフ練習場の鉄塔が倒れ数件の住宅を直撃した映像を見ると、「天災だけど、補償はだれがするんだ?」なんて勝手に想像してしまう吾輩である。

その現場近くに住む友人は、自宅の屋根瓦が飛ばされたとLINEで伝えて来た。

屋根瓦が壊れるのは自身の被害としてよく聞くけど、飛ばされるとはねぇ。

補修したくとも被害が広範囲に亘り、業者が来るのは100数番目になるとも書いてたなぁ・・・・。

我孫子市に住む友人宅でも停電・断水が続いていると言ってた。

奥さんがやっている美容室ももちろん開店休業状態だろうからとても気の毒に思う。

千葉には他にも数人の友達が居住しているが、LINE友達以外わからないのが現実だ。

仙台は秋風が吹いて過ごしやすい気候になりつつある。

まだ連日30℃を超える酷暑の中、住宅は勿論、病院・介護施設などエアコンが使えない、トイレが使えない等々の生活を想像すると心が痛む。

暑さを避けて車中泊するのに肝心のガソリンが手に入らないとも言ってたなぁ。

8年前に経験した東日本大震災とまるで同じじゃないか。

規模の大小と言うより、住民が受ける精神的なダメージが・・・・。

ただ、電気・水道が止まってエアコンやエレベーター、トイレ・シャワーが使えないだけだろうから少々我慢すればその内時間が解決してくれると思うよ、絶対!。

文化生活に慣れ親しんだ現代人に天が与えた試練だと思えば・・・・。

まぁ、吾輩と違い、身内が犠牲になったり家が破損したわけでは無いようだから言うんだけど、天災は誰のせいにも出来ないんだよな。

被災されたみんな!、熱中症に留意しながら前向きに行こう、前向きに・・・・。

K−11会幹事会

昨日、大崎市古川でK−11会幹事会があり出席した。

10月に開催される第26回目のK−11会総会・ゴルフコンペの為の幹事会である。

まぁ、吾輩は一応副会長を仰せつかっている関係で出席する事にしているけど、同席する数人の同級生と会合後の2次会が楽しみで出掛けるようなものだ・・・・。(笑)

そのために駅前のホテル(東北イン)を予約して飲み会に備えるのが恒例になったが、ここのホテルに泊まるのは年に一度だけである。

4,5年前まではK−11会当日も宿泊していたけど、最近は高橋ホテル?(友人の家)にお世話になるからなぁ。

ちなみに、仙台から3人ほど出席者が居るが、みんなアルコールを飲まずに帰るようだ。

古川駅前の居酒屋・福福屋に14人が出席し、18:00から開始された。

例年同様前年の決算報告、ゴルフコンペの日程、総会の会場、会費等・・・・代表幹事より説明があり承認された。

特別議題として、役員改選に関する質疑があった。

K−11会発足(平成5年)当時から26年の長きに亘り会長を務めて来た会長から、「K先生の勇退に伴い若い人にバトンタッチをしたい」との挨拶が発端だった。

と言うのも、顧問のK先生が大腿骨骨折による人工関節の手術を受け、高齢(76歳)と言う事もあって当分ゴルフが出来なくなったのだとか・・・・。

そもそもK−11会とは、K先生が新任教師として我が母校に赴任(昭和40年)してから離任するまでの11年間に教えを受けた生徒の中のゴルフ愛好者で組織された会である。

まだ、役員の任期が1年残っているが、現状を鑑みS49年卒の伊藤幹事を会長に選任する案が起案され承認された。

現役の役員はすべて退任し、副会長は斎藤、菅井の両幹事、幹事長は後藤幹事、会計は細川君が指名された。

総会で承認されれば、次回から新体制で運営されることになる。

K先生がいないのは寂しいが、25年間も継続して来たK−11会である。

高齢者(70歳以上)から若い世代への交代によって、新規企画、参加者の増加・継続等の期待も膨らむと言うものだ。

幹事会に参加した同級生4人で、久しぶりに2次会(牛タンしげ)に繰り出し深夜まで語り合ったのは言うまでもない。

久しぶりに頭が痛いよ!。
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